[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.051 忘れ去られた廃盤品

 

 私は腕時計が好きだ。

 

 現在左腕に巻いている電池式の時計は、かれこれ5年ほどの付き合いになる。少し前に流行したブランドで、いわゆる「THE・大学生」が着けているような比較的安価でお求め安いブランドだ。現在ではステルスマーケティングとしてあらゆるインフルエンサーに配られており、大量のクーポンコードが発行されている。原価率で計算すると、目も当てられないような一品なのかもしれない。

 

 ここまで散々な物言いをしたが、私はこの腕時計を気に入っている。知人から誕生日祝いとして頂戴した品物ということもあり、自分の中では思い入れが深い。後々ステマ等の裏事情を知った時には落胆してしまったが、現在となってはそんなことどうでもいい。白い文字盤に青い秒針というクラシカルな佇まいが晴天の青空を連想させる。時を刻む度に、私の心を打つ。素晴らしい時計だ。

 

 腕時計は2個所有していて、一つは上述した腕時計、もう一つはAppleWatchである。数年前に生活のデジタル化にハマっていた時期があって、時計もスマートウォッチ(しかも大好きなapple製品)にすればもっと生活がスマートになると思い立ち購入した。AppleWatchは確かに便利だった。毎日充電しなければならない等の多少のデメリットを差し引いて考えても、私の生活をよりスマートにしてくれた。しかし、ある時から自分の中で「しっくりこない」ようになった。

 私はIphoneの通知を全てOFFにしている為、AppleWatchで通知を確認することはない。音楽はIphoneで操作する方が視認性がいいし、AppleWatchで行えるApplePay(所謂お財布ケータイ)はIphoneでも行える。タイマー機能はすごく便利だけど、毎日使う訳ではない。そして何よりも、デジタルデバイスに自分がコントロールされているような感覚があって、それが気持ち悪かった。利便性だけ優れているAppleWatchを素直に受け容れることができなくなっていた。そこでクローゼットで息を潜めていた晴天の青空腕時計を腕に巻いてみた。次の瞬間、心の中に当て嵌まる「カチッ」という音が私の鼓膜に鳴り響いた。

 

 一般的な腕時計では主に現在時刻しか確認することが出来ない。しかし、そこが良さであり最大級の利点だと私は思う。他に気が散る要素が無いからだ。本も、時計も、ノートやペンも、いまは全てスマートフォン一つに集約することが出来る。色々なものが集まっているからこそ、様々な要素に意識が向いてしまう。多焦点ではなく、単焦点で物事に取り組みたい。だからこそ「腕時計」は心の邪魔をしない。時間しか確認できない装飾品って、とても贅沢で好ましく思う。

 

 私は、腕時計のベルトは革製の物しか使わないという拘りがある。革製の場合、長期間使っていると柔らかくなりすぎてヘタってきたり、場合によっては千切れたりする。いわば消耗品であって、私の腕時計ベルトも長年の使用故に千切れる寸前の状態になっていた。さすがに限界を感じた為お店へ買いに行ったところ、私が愛用しているモデルは廃盤になったということを聞かされた。

 私は何事においても”定番品”が好きだ。理由は壊れても買い直すことが出来るから。私には一度気に入ると同じ物をずっと使い続けるという習性がある。だからこそ、失うことを極端に恐れている。替えが効かないことがとても恐い。以上のことから”限定品”がとても苦手でもある。そして、廃盤は殊更に恐い。以前は定番面して存在していた商品が、突如として店頭から姿を消す。愛用している顧客に空虚だけを植え付けて。

 

 幸い、他製品のベルトで代用が効いたので事なきを得たのだけれど、廃盤に対する絶望はこれを書いている現在でもズルズルと引きずったままだ。もし愛用中の時計が壊れてしまっても同じ物を買いなおそうと考えていた、その安心感が音も無く崩壊したこと。既に崩壊していたにも関わらず、そのことに全く気が付かなかったこと。そんな自分が只々虚しい。そんなことをいつまで言っていても仕方がないから、とりあえず今は目の前にあるこの”青空”を大切にしようと思った。まだまだ止まることを知らないこの動き続ける秒針が、止まった時にまた考えればいい。

 

 値段と品質はある程度比例すると思っていて、やっぱりそれなりに高価だったものは時間が経っても綺麗なままで在り続けている。だからこそ、次回腕時計を買い替える時は品質の良い物を選択しようと思った。欲しいモデルは決まっていて、時計としての歴史もあり、私が愛する最大の定番品でもある。唯一の問題点は”価格”なんだけど、メンテナンスを怠らなければ生涯を通して使うことが出来る。そう考えると、そこまで高くはないかもなと思う。いや、やっぱり高いな。めっちゃ高いことが事実であり現実だ。でも、こうやって願望を書くだけなら無料だし、何より夢がある。「夢は見るものではなく、叶えるものだ」と言いたいところだけど、とりあえず今は手持ちの腕時計だけで満足している。

 

「秒針が止まった時に考えればいい」

なんて言い放ったのに

止まる前に決意が固まってしまった

 

その決意さえも

秒針の動きに合わせて

解れてしまうかもしれないけれど

 

 

了