[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.071 遅ればせながら、骸

 

どこへ行けばいいんですか 行きたいとこへ勝手に行けよ

何をすればいいんですか 僕は誰に尋ねてるんだろう

 

光、再考 / amazarashi

 

 

 アラームが不在の朝、自然と意識が身体に戻る朝、まだベッドから出たくない朝。もう何度迎えたかもわからない朝に今日も敬礼をして、のそのそとベッドから這い出るわたし。なにしてるんだろ、毎日毎日同じことの繰り返し。心が豊かになったり、貧しくなったり、枯れてしまったり、抉れてしまったり。生きる上で、常に温かさばかりを求めていて、そしてまた今日に惨敗する。気が付けばこうなっていた、まだやり直せる筈、けれども一体わたしはどうなりたいのだろう?。

 

 自分で自分の生命を削っているような、そんな感覚。わたしは彫刻家で、自身の生命全体をデザインする。その上で余分な箇所は全てそぎ落としていく。そうすることで研ぎ澄まされる精神だったり肉体だったりが、現在の自分自身ということになる。だとすれば、彼はあまりにも醜い作品だ。作品名は「醜悪と郷愁」といったところか。そんな目も当てられない現状を打破するべく、もっともっと削いでしまいたいと思う。けれども、これ以上落とせる部分は見つからなくて、いっそこんなにも醜いのならば、残った生命に彫刻刀をぶっ刺して”現代アート”ということにでもしてやろうかと考える。そのぐらい、観衆の目を引くような存在感が必要だった。それで未来が消失してしまったとしても、その一瞬に自分の血液すべてを注ぐようなやり方が正しいと思ったんだ。

 

 頭蓋骨が鳴く、その音を一番近い距離で聴き続けているのはわたし自身だ。そんな哀れなBGMを悲劇と形容する馬鹿がいる。それもまた、自分だ。苦しいのだろう、悲しいのだろう、きっとそうなのだろう。しかし、予めデザインされた悲劇ほど醜いものはない。こればかりは変えようのない世界の真理だ。だからこそ、綺麗に整えられた醜さを一旦破壊するべきだと考える。わたしは、わたし自身をぶっ壊す。私は、わたし自身にぶっ壊される。本当は他の誰かに壊してほしかったのかもしれない、壊されたかったのかもしれない。けれども、他人は思いのほか非力であった。わたしに傷を残すことは出来ても、壊すことは出来なかった。そんなことは当たり前で、何故ならばこれは自分自身の問題なのだから。決してそこに他者を介入させてはいけないんだ。

 

 月が欠ける、星が光る、そんな夜道の中を私は壊れ行く。自己破壊にはそれなりの痛みが伴うけれど、その痛みを欲していたのだとそこで初めて気が付く自分がいて、そんな自分を少しだけ愛おしく思う。建設的な絶望主義者、そして厭世家。在りし日の憂鬱と共に、人生の最終着地点を再設定する。そこは葬式場、眠る亡骸。花を添える必要がないように、自身に花を施そう。身体に咲く花弁、飲み込まれた花言葉、数々の猛毒。もう誰も呪わないように、もう誰も傷つけないように、そんなわたしを早く燃やしておくれ。

 

 

 花が枯れてしまっても、

 そこにある花瓶はなにも変わらない

 花が在ってこその花瓶なのではなくて、

 あくまで花瓶は花瓶として、それだけで充分に美しい

 その美しさに少しばかりの彩りを添えるような

 そんな一輪の花に 私はなりたい

 

 花はいつか枯れてしまう、

 花はいつか死んでしまう、

 だからこそ美しく、だからこそ愛おしい