[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.089 月の光を浴びながら

 

 夜が好きだ。互いに少しだけ近づいた気がする、そんな夜が好きだ。

 

 

 一人きりで過ごす夜も、誰かと一緒に過ごす夜も、いつだって夜は私の味方でいてくれる。悲しい時、虚しい時、侘しい時、それらは夜を連想させる。夜は静寂を心より受け入れてくれる。

 

 夜になると、なんだか泣きたくなってしまう。それさえも夜は何も言わず見守ってくれていて、月の光で私を静かに照らしてくれる。そこに微笑を携えながら。

 

 レイトショーが好きだ。夜遅くに観る映画はそれだけで感傷的であって心に語りかけてくるし、映画館の佇まいそれ自体も好ましく思う。日中は人間で溢れていて様々な会話が館内を埋め尽くしているけれど、夜はポツリとしか会話が存在していない。いつもより自分の足音が大きくなったかのような、そんな錯覚を夜の映画館は与えてくれる。

 

 Barが好きだ。楽しくなりたいとき、落ち込んでいる時、誰かと話したい時、いつだって素敵な空間と美味い酒を提供してくれる。一人で黙って飲んでもよし、二人で生き辛さを語りながら飲むのもよし、その場で他の誰かと仲良くなるのもよし。暗めの店内で、美味い酒を飲みながら、静かに誰かと会話する。それだけで救われる夜がある。

 

 本を読むことが好きだ。文学に触れている瞬間は、寂しさのことなんて忘れてしまう。何かを得るために行う読書もいいけれど、夜中に何も考えずボーっとしながら凝縮された言葉たちを眺めること、これもまた好い。寸分も余すことなく夜を堪能している気持ちになれて、少しばかり心に余裕が生まれる。

 

 音楽が好きだ。夜にはクラシック音楽を流していることが多い。日中は歌声を聞きたいけれど、夜はピアノの旋律で耳を満たしてやりたい。最近はグレン・グールドの曲をよく垂れ流している。クラシックに関する知識に乏しい為、どこがいいのと問われても上手く説明出来ないけれど、グレン・グールドに関しては彼の人物像が好きだ。天才と変人は紙一重という言葉を体現している。勿論のこと、本人はとても苦しかったと思うし、変人だけでは済まされない心の病が介在している部分が大いにある。そんな一人の天才が奏でる音楽は、夜との相性がとても良い。彼が残した音楽は、夜の孤独に寄り添ってくれる。

 

 夜に人と会うことが好きだ。「私には私の地獄がある。」と言ったのは宇垣美里氏ですが、その地獄が垣間見えるのが夜の時間です。そんな時間に顔を見ながら話せることを嬉しく思うし、場合によっては地獄の一部分なんかを聞かせてもらうことが出来る。私には私の、あなたにはあなたの感じ方があるので、私はその話に耳を傾けることしか出来ないけど、それでもとても嬉しく思うんです。二人の間にあったはずの溝が少しだけ狭まったように感じる。素敵です。

 

 

 そうやって、夜のひと時を味わうことが好きなのだけど、最近は夜と触れ合う時間が随分と少なくなってしまった。原因は明らかであり、単純に自分がやりたいこと、自分が必要としていることを早朝の時間帯に凝縮してしまったから。夜になった時には頭の中にあるエネルギーみたいなものが枯渇しているから、何かを作り出そうと思っても上手く形に落とし込めない。脳味噌を振り絞ってなんとか完成させたとしても、後から見返してみるとなんだか味気なかったりする。

 

 日が昇る前に起きて作業をすると、一日を生産的に過ごすことができる。何となく始めてみた試みだったが、気がつけば朝の虜になっていた。

 

 朝早く起きるということは、夜早く眠る必要がある。どうしても睡眠時間を削ることだけは避けたい。そうなると必然的に夜の時間が大きく削られてしまうことになる。目標を達成する為には、何かを犠牲にしないといけない。それでいいと思っていた、納得していたつもりだった。

 

 意味もなく”死にたい”と思い巡らす隙間がない程に一日が足早に過ぎていくし、課題も着々とこなせている。次々と新しい課題が姿を現すので、しばらく暇を持て余すことがなさそうだと思っている。それは自分にとっては少なからず喜ばしいことなんだけど、ただ一つだけ苦悩がある。

 

 夜の時間がほとんど消えてしまったことで、

 生活から”色彩”が無くなってしまった。

 

 自分にとって”色彩”とは、言ってしまえば”お茶目な遊び心”である。映画だったりお酒だったり人間だったり、上述したそれら全てが自分にとっては楽しい”遊び”である。遊びがあるから人生に色が足されて、その鮮やかさに人は惹きつけられる。

 

 色彩の無い人生ほどつまらないものはない。いま一番の課題は「いかにして夜の時間を捻出するか」になっている。夜の時間が恋しい、けれども寄り添うことが難しい。どうすれば、一体どうすれば、何かを諦めることしか方法はないのだろうか。

 

 

 そんなことを真夜中に考えたって、何も思い浮かばないのだけれど。

 とりあえず、夜と共に眠れ。