[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0141 読みたい本になりたい

 

 最近、本を読むことに多くの時間を費やすようになった。

 

 自分でも今更感があるけれど、やっぱり本って素晴らしいな。もっともっと、読みたい、深くまで入り込んで著者の価値観に触れたい。そう思っている間に作品は結末を迎えてしまうから、とてもじれったい。まだ読んだことのない作品はもちろんのこと、過去に読み終えた作品を改めて読み返すことにもハマっている。年月が経てば価値観や思考が変わっているから、同じ作品を読んでも心の動きが別物になる。それってとても生きてるって感じがするし、より広い範囲で自分自身を感じることが出来て心地好い。

 

 小説、哲学、ビジネス、自己啓発、ジャンルを問わず幅広く読んでいる。単純に活字依存気味な部分があるから、とにかく言葉を目で追うことが楽しい。本を読むことで、著者の人生を疑似体験することが出来る。良いなと思ったエッセンスを抽出して、自分の血肉とする。読めば読むほど、価値観がアップデートされていく。あらゆる分野において、心に刺さる言葉からは不変的な美しさを感じる。自分にとって読書とは、その美しさに触れ続ける行為である。

 

 たった1000円ぽっちで、貴重な学びを得ることが出来る。阿保が集う飲み会に惰性で参加するぐらいなら、そのお金で本を5冊ほど購入したほうが好い。その時間で10ページでも20ページでも読み進めたほうが幾らか建設的だ。古本屋ならもっと安く購入出来るし、図書館を利用すれば無料で書物に触れられる。Kindle Unlimited等のサービスを利用すれば、定額でたくさんの本を読むことが出来る。良き時代に産まれたものだと思う、わたし達は非常に恵まれた環境下で呼吸をしている。

 

 これはあくまで個人的な価値基準だけど、日常的に読書習慣が無い人間の吐く言葉を信用していない。自分の経験則として、不躾な物言いや態度をとる人間は、大抵の場合本を読んでいないことが多い。「だから、それだけ失礼な振舞いが出来るのか」と妙に納得してしまう。そうすると、不思議と腹が立たなくなる。仕方がないじゃない、狭い世界の中で生きているんだから。

 

 ”無知”が罪なのではない、学ぶ姿勢が無いことそれ自体が罪なんだ。人間は、過去に目にした言葉のみを口から吐き出せる。だからこそ、本を読まない人間は、本を読まない人間の言葉遣いをしている。両手で収まるほどの数少ない語彙を使い回して、自己顕示を試みる。会話すればすぐにわかる、言葉の深みと読書量は比例している。だからこそ私は、能動的に学び続ける謙虚な人間で在りたいと思っている。

 

 月に一冊でも、年に一冊でもいいから、本を読むことを全ての人類に勧めたい。

 

 なんて言われなくてもわかってる、って感じですよね同感です。かく言う私も、先月は一冊程度しか本を読めていない。時間の使い方がまだ不慣れだったこともあり、本を読むことに費やす時間が中々確保出来なかった。というのもまた、ただの言い訳に過ぎない。本当に読みたければ他の時間を削ってでも読んでいるだろうし、単純に読む気が無かったんだと思う。正直、読むよりも書いている方が楽しかった。読まなかったことに対する後悔はない。それでも、ただ一つだけ過去の自分に伝えられるなら、「とりあえず、毎日読んでみて」と言いたい。読書の優先順位を底上げなんかではなく”爆上げ”してみて。きっと見える世界が大きく変わるから。世界の変容は書く事に、そして心の豊かさに繋がっていくから。

 

 たくさんの時間を、書物に触れて、感じて。