[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0277 Good night.

 

 最近気が付いたことなのだけど、夜、照明を消してベッドに入り目を閉じ、眠りの入り口に向かう最中で「お母さんごめんなさい」と心の中で謝罪しているわたしがいる。わたしの意志とは関係なく、毎日頭の中に声が響く。何に対して謝っているのかはわからなくて、でもこの謝罪は昔からずっと続いている気がする。もう長いこと会っていないが、そのことに対して寸分の後悔もなく、この先もしばらくは会いたいとは思えないだろう。この頭に響き渡る心の声は、現在の自分よりは幾らか幼い、少年のようなあどけなさを感じる。きっと、ずっと昔に無意識の中に芽生えた、行き場を失った感情の一部分なのだろう。

 

 最早恨んでもいなくて、何も思っていない。どちらかといえば赦しているような感覚で、だからといって今後の人生の登場人物になるかと言われれば、決してそうではない。わたしは勝手に好きなことやって幸せになるので、あなたも勝手に幸せになってください。不幸だと嘆いて、境界線を飛び越えないでください。各々が勝手に幸せになればそれでいいじゃん、という具合に考えています。家族だから仲良くする、みたいなこと一体誰が提唱したんだろう。それは人間の遺伝子に組み込まれたプログラムなのかしら、どこを見渡しても家族神話で構成された小さな世界ばかりで、時々そういった虚像たちに嫌気が差す。多分、この嫌気は嫉妬や羨望が形を変えたものであって、どこかで「羨ましい」と指を咥えている自分がいることも知ってる。でも、自分は神話にダイナマイトを投げ込んで木っ端微塵にしてしまった。それに対して後悔はないのだけれど、やっぱり一家団欒のありふれた笑顔を見ると、心の重みで少しだけ体重が増えたように感じる瞬間があります。

 

「ごめんなさい」で幕を降ろす一日は気分的に良くないから、何とか謝罪を払い除けようとするのだけれど、頭の中から声を追い出すことは難しくて、失くそうとすればするほどその思いは”意識”に変換され、以前よりも声のボリュームが大きくなるだけなのだった。もうこれはどうしようもないな、仕方がないので諦めることにした。かつての少年の想いが、肉体が成長した現在でも残存している。眠る前にだけ、少年は声としてその姿を現す。君はいつまでそこにいるの?あと何度謝れば気が済むの?君はとうの昔に赦されているんだよ。だから大丈夫、いつまでもそこに閉じこもっていないで、わたしと一緒に深く眠ろう。君は少しだけ頑張り過ぎた、だからもう、ゆっくり休んでいいんだよ。

 

 

「おやすみなさい」