道端に吐瀉物が散乱していた。きっと誰かが飲み過ぎて吐いたのだろう。
その吐瀉物を鳩が突いていた。平和の象徴である鳩がゲロを食べていた。食べ物が含まれているから栄養摂取は出来るかもしれない。しかし、心の中に痛みが深く刻み込まれる。鳩に対して同情する訳ではない。その光景は、この世の中の全てを物語っているような気がしたんだ。その比喩表現的な響きの虚しさに、目を逸らさないでいることだけで精一杯だった。
何度も何度も、鳩は吐瀉物にクチバシを宛がう。”私は何も感じていません”と言わんばかりに首を前後に振っている。何をやっているんだろうな、わたしもお前も。他人がすべて異種動物に見える。だからこそ、周囲に何を思われても構わない。種々雑多な嘲笑を払い除けて、今日もわたしは吐瀉物を綴る。
私は思った、彼とは仲良くなれそうだ。
[僕が毎日吐いてあげるから、君は毎日食べにおいで。心の中で共に暮らそう。たくさん吐く為にたくさん食べるからさ。わたし、もっと頑張るから。だから、気持ち悪いだなんて言わないで。あなたにだけは、見捨てられたくない。あなたにだけは、だけは。]
鳩になりたかった、君が欲しかった。不潔の概念を持ち合わせない存在になりたかった。ただ日常を生き抜いて、子孫を残すことだけを目的として生きたかった。苦しみも楽しさも、何も知らないままの方がよかった。誰にも知られないまま、あっけなく死んでしまいたかった。道路脇に横たわる鳩の死骸が愛おしい。
わたし達は胃の中に吐瀉物予備軍をたくさん飼っているにも関わらず、いざ目の前に表出した時に”穢い”と思ってしまうのは何故だろう。誰の腹の中にも眠っているはずなのに、吐き出された瞬間に対象は汚物認定される。その事実に納得がいかない、現実を上手く飲み込むことが出来なくて、またもや私は吐いてしまった。吐かれた物も、吐いた人間も、何もかもが穢い存在。そうだ、世界は不潔に満ち溢れている。だからこそ何度でもわたしは吐き出したいと思う。誰に何を言われたって構わない、それでも私は指に吐きダコを量産し続けるのだろう。きっと、鳩はどこからともなく飛んでくる。”私は何も感じていません”と言わんばかりの顔をして。
了