どうしても頭の中が空虚であって、心の中身が空っぽだ。
何だか自分が”生活そのもの”に生かされている感覚が大きくて苦しくなってきたから、夢中に”ならされていた”ものを捨てた。YOUTUBEやその他SNSアプリをデバイスからアンインストールしたり、心の病を改善しようとして関連書籍を読み漁ることもやめた。誰かの温もりを求めることも、誰かからよく思われようとすることも、モテたいと思うことも、下らないばかりの性欲も、苦しめるばかりの家族も、必要がないものを次々と排水溝に流していった。
そうすると、不思議と時間が増えたような感覚に包まれる。それは間違いなく気のせいなんだけど、この緩やかな時の流れが感覚としては間違いなく正しいのだと確信する。しかし、人間には”そこに空白があると埋めたくなる”という本能が備わっているらしく、自分も動物としてその例外ではなかった。
たくさん仕事をしようとは思わないけれど、たくさんの言葉に包まれていたいとは思う。もっと長く生きたいとは思えないけれど、今この瞬間の中を死んでいたいとも思えない。自然とたくさん本を読むようになった。それは難解で厚みのある精神病理などではなくて、もっと肩の力を抜いて読める小説だったり、エッセイだったり。そこに書かれているものが生活の役に立たなくてもいい、寧ろその方が好ましい。羅列する無数の言葉たちを感じる中で揺れ動く心がある、それだけで、あともう少しだけ生きてみてもいいかなと思えるから。
読むことにも書くことにも時間的な限界があって、どうしても空白の時間というものが生まれる。なにもしていない時間、わたしは限りなく一人きりで、誰からも必要とされていないことを認識する。
「空っぽだなぁ」
仕事からの帰り道、空に向かって呟いた一言が瞬く間に拡散されていって、大好きな人の鼓膜まで届けばいいのに。世界はこの大空で繋がっている、もしかすると宇宙にまで空虚な呟きが届いているかもしれないのに、それでも世界は何一つ知らん顔して回ってる。そりゃそうだ、誰も彼もが世界の中心であるはずがないのだから。私なんていてもいなくても変わらないし、何かを変えたいなどとも思わない。それでよかった、わたしがそんなちっぽけな存在で、本当によかった。
どこまでも空虚である自分自身に耐えられなくて、時間の重圧で心が潰れてしまいそうで、気が付けばウイスキーを飲んでいて、気が付けば誰かに連絡を送っていたりする。お酒を飲むと自分の心と身体が一時的に分離して、埋まることのない空白が恰も綺麗なアートのように錯覚するんだ。あくまでそれが錯覚であることをシラフの自分は理解しているのに、それでもどうしても苦しくて飲んでしまう。脳の報酬系が憎い、何よりも逃げ続けてばかりの弱い自分が情けなくて虚しくて馬鹿馬鹿しくて、憎いよ。
寂しいんだよな、きっと。素直に「寂しい」と言えばいいのに、周囲を見渡すと各々が幸せそうにしている。それは何よりもいいことだ。自分の望んできた願いだからこそ、自分がその一言を漏らしてしまうことによって既に形ある幸福が少しだけ欠けてしまいそうで、怖い。それならもうええわ、となってそのまま胸の内に秘めておく。なんて哀れな宝石なのだろう。そんな一人芝居をいつまで続けるというの?。
酒を飲まないでいると、強迫的に空白が首を締め付ける。希死念慮が一匹、希死念慮が二匹、希死念慮が三匹、、、一体いくつまで数え続ければわたしが絶命するというの?特にやりたくもない仕事をして、食べたくもない食事を一人で食べて、飲みたくもないアルコールに逃げて、泣きたくないのに涙が止まらなくて、あなたはいつまでそうやって生き続けるの?
「○○ちゃんは、どうして生きてるの?」
生前、祖母から問われた一言が頭から離れてくれない。手紙の中でばあちゃんは死にたいって言ってた、こんなに苦しくて痛い思いをするならこれ以上長生きしたくないって言ってた。そんなばあちゃんが先日亡くなった。「ねぇ、いまどんな気持ち?」黙禱中はずっとそればかりを問いかけた。安らかだった、笑っているように見えた。最後まで僕のことをちゃん付けで呼んでくれたばあちゃんが好き。でも、あの時も現在も、どうして生きているかなんて自分でもわからないままでいるよ。
シラフのままだと自分を保てなくなりそうだと、このまま狂ってしまうのではないかと、そんな恐怖に打ちひしがれるぐらいなら、いっそのことどこまでも狂ってしまえばいい。恐怖の最底辺を深く味わえばいい。そうしてやっと、”自分らしさ”みたいなものが確立されるんじゃないか。もう空白を恐れなくてもいい、虚空ばかりを眺めなくてもいい。わたしには私がついているし、それでも駄目な時には死んでしまうだけだ。あなたにとっては何よりの本望でしょう?死することが。傷つく覚悟を持ちなさい、大切なものを失う覚悟を持ちなさい、わからないままで生きていく覚悟を、持ち続けなさい。
そして、わたしは瓶の中身を排水溝へ注いだ
一滴残らず、どうして生きているかもわからないまま。
了