[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0247 改札の向こう側



「誕生日は何が欲しい?」と聞かれた時に、欲しい物がなにも思いつかなくて咄嗟に「愛」と答えたわたしがいた。あなたは寸分も驚いた素振りを見せず、言葉無しにわたしの右頬に軽いキスをした。時として、言葉を発しないことで相手の心を強く打つことがある。わたしはまだ生きていていいのだろうか。僕はいつまで心に雨を降らせ続けるのだろうか。止まない雨はない、けれどもいま降っているこの雨に耐えられないから嘆き苦しむのだ。ただ一つだけ言えることは、あなたにだけは生きていてほしい。こんな身勝手な願いが承諾されるわけもなく、感情の読めない笑みを浮かべながら、あなたは改札の向こう側に消えていった。

 

 

 他人からの褒め言葉を素直に受け取れなくなった時は、ちょっぴり疲れている時なのかもしれない。人って日々を生きているだけで疲れてしまう生き物だから、意識して休息を取らないと素敵な言葉が聞こえないようになる。心が耳を塞いでしまう。周囲の心配も、ましてや自分自身の声も、鼓膜まで届かずになにもかもが無意味だ。消えてしまいたくなったり、いなくなりたいと思った時は、どれだけ素晴らしい相手からの賞賛よりも、地位や名誉や名声よりも、たった一人からの抱擁で大部分が救われる。辛そうな人、どこかに行ってしまいそうな人がいたら、なにも言わずにそっと抱きしめてあげて。涙が止むまでの間、寄り添ってあげてほしい。なにか気の利いた言葉を発する必要はなくて、ただ沈黙の中に二人が存在していればいい。雨が過ぎ去った後はきっとお腹が空いているだろうから、散歩がてらに美味しいご飯を食べに行きたい。星が見えない夜空を自分自身に例えたりして、陽が照る最中をあなたと一緒に溶けていきたい。

 

 

 たったそれだけのことで、よかったのにね。