[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0363 曇り空に抱かれて

 

 曇り空が好きです。世界が灰色に染まるあの感じ、太陽は見えず雨も振らない中間地点。なんとなく世界からやる気が根こそぎ削ぎ落とされたようなこの感じ、道を歩く人みんな元気がなく見えるこの感じ、可もなく不可もないこの感じ。

 

 曇り空は、いかなる時も明るく在らなければならない、元気でいることが正しい、といった凝り固まった幻想を優しく払拭してくれるようで、なんだろう無口で仏頂面なジェントルマンみたいだなと思う。[晴れ]は世界が輝かしいことを教えてくれる快活な青年、[雨]は涙が流れることを黙認するそれは寛大な老婆、そんなイメージが湧き上がる。ただ、晴れも、雨も、どちらも同等にうるさいと感じる瞬間。晴れは目を刺す太陽が、雨は地面を打つ音楽が、どこかしら五感を刺激してもう黙れうるさいと塞ぎ込む、そんな一日がある。

 

 そんな中、曇りはわたしのことなにも邪魔しない。可もなく不可もない概念として、ただ天候としてそこに存在している。思うに、曇り空はとても静かだ。「晴れるか雨降りかどっちかにせえや」、そう思っていた少年時代のわたし、世界のことなんにもわかっていなかったんだなぁ。「どっちつかずの限りなくグレーな部分に、世界の真理が隠されているのだよ、わかるかい?」ジェントルがわたしに語りかける。「えぇ、いまとなってはそれはもうキシキシと脊髄が悲鳴を上げるほどに、わかりますとも」白か黒かの二分思考、完璧主義、そんな生き方ってどうにも息苦しくて、ただ自分の首を絞めつづけることでしかない。以前よりはすこしだけ、灰色を受け入れられるようになったかな? 認めることができたかな? 空に問えども、ジェントルはもうなにも言わない。『あとは自分で考えなさい』そう言われているような気がした。そう言われているような、気持ちがあった。

 

 曇り空が好きです、わたしは空に広がる灰色が、大好きです。