[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.013 去れども、愛

 

「出会った時から私は、彼のいる世界と、いない世界の落差を知ってしまったのだ。」

凍り付いた香り/小川洋子

 

 人間関係には、適切な距離感が必要だと思う。近づきすぎても、離れすぎても、相手の姿形を捉えることが出来ない。正確に視ることができなくなります。笑っているのか、泣いているのか、それとも微笑みながら泣いているのか、少しばかりの相手の表情を確認することが出来なくなる。好きな人には近づきたいのが当たり前で、心の温度を感じたいと思うことも、愛情の表れでしょう。しかし、そんな気持ちに鞭を入れて、二人の間にほんの少しだけ空間を作る。一方だけが離れるのではなく、双方が少しずつ離れる。それがある程度まで近づいた後に行う、何よりも重要なプロセスであり、必要な共同作業だと私は思うのです。

 

 皆さんもご存じのとおり、私たち人間の心は物凄く繊細な形をしています。どんなに強く映る人間であっても、タイミング次第で心がバリバリと砕けてしまうこともある。実際にそういった方を多く見てきました。普段は頑丈な心であっても、状況次第では裏面の繊細さが露呈する場面がある。そういった時は、普段なら見えているはずのものが見えなくなる。見えなくなるということは、気付けなくなる。コミュニケーションにおいて、”気付き”はかなり重要になるのではないでしょうか。相手に興味関心があることを間接的に示すのが”気付き”であって、「髪型変わったね」とか「色合いが綺麗なシャツだね」とか「今日は少し表情が暗いけれど何かあったのかな」、みたいな色んな種類の気付きがある。自分の心に余裕を持てない時は、相手の様々な要素に気付きを感じることが出来ない。余裕が欠落している状態の心は、非常に鋭利な造形をしている。そのように思います。そして、自分を視認してくれないと判断した人間が音も無く離れていくことがある。いったん距離を置く、時間と共にその距離は長くなり、最後には完全に視界から消えてしまう。一度離れてしまった人間との関係を再構築することは中々に難しい。自分自身に責任を感じ、もう戻らない人を想い落胆する。そういった夜もあると思います。それも人間らしくてとても可愛いじゃありませんか。

 

 「来る者拒まず、去る者追わず」といった使い古された言葉があるけれど、「来る者は割と拒む、去る者を眺める、気に入らなければ自分から去る」ぐらいのスタンスで生きていきたいな、とわたしは考えている。去る側よりも去られた側に原因があると思われがちですが、去る側の気分次第だったりする場合もある。楽観的になりすぎるのもどうかと思うけれど、自責の念は捨ててしまっていいんじゃないか。このブログでは何度も申し上げておりますが、自分自身を存分に可愛がるべきだ。自分の至らなかった点を考える時間があるのなら、その時間を使ってハーゲンダッツでも与えてあげればいい。自分の駄目な部分よりも、自分の好い部分を見つけてあげる。褒める、照れる、悦に浸る、この工程は自分ひとりで完結できることです。だからこそ、親しい人が去ることもまた、そこまで重要な問題ではないのかもしれません。自分の中に心の余裕を貯蓄する。そして、次は相手に優しく、気付くことができれば、最高です。過ぎてしまったことは仕方がない。去った人が戻ってくることはもうないのですから。

 

 「猫になりたい」と友人はよく口にします。「来る者拒み、去る者追わず、気分次第でこちらから歩み寄る」そのような優雅なエゴイズムを現代を生きる人間は見習うべきだとわたしは思う。端麗な容姿があり、モフモフしていて触れたい、しかし近寄ると逃げる、知らんぷりしていると寄ってくる、気が付けば隣で寝そべっている。「なんだこの生き物は、けしからん」そう言いつつも、頬が緩んでしまう不思議さがある。たまに、猫のような性質を持ち合わせる人間に出会うことがあるけれど、そういった方は例外なく可愛いらしい。しかし、人間が猫の性質を意識してしまうと、時にとんだ化け物が生まれてしまうことがあるので要注意です。結局、人間は人間であり続けることしか出来ない。それでも、猫はたくさんの大切なことを人間に教えてくれる師であると、度々そのように思わされることがあります。

 

 本当に不思議なことなんだけど、現在仲良くしてくれている友人の大半が猫を飼っています。わたし自身、どうしても猫を欲してしまう時がある。そういう時は写真を送ってもらったり、会いにいったりする。しかし猫から好かれることは難しいものですね。心の中にある醜悪さを見抜かれているのかもしれない。そんな私でも、この世で一匹だけ寝床を共にしたオス猫がいます。そろそろ彼に会いたくなってきたので、チュールとウイスキーを持参してモフモフさせていただこうと、未来のスケジュールに書き込みました。

 

 本当に猫って可愛らしいですよね。

 そんな可愛らしい人間に、わたしもなってみたいと憧れます。