[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.038 鼻腔を埋め尽くす酸の臭気に

 

「絶望を味わう為だけに生まれてきたとすれば、この絶望も悪くないかもしれないな」

 

 

 つい先日、重度の二日酔いを味わいました。実に一年振りの二日酔いで物凄く辛かった。これまでの二日酔い経験の中で一番の長丁場だったかもしれない。「外飲みは全く酔わない」と豪語していた自分自身を諭してやりたい。

 

「1.居酒屋でハイボールを飲み過ぎたこと(何杯飲んだかも覚えてない)」

 

「2.帰り道にどうしようもなく悲しくなって寄声を発しながら道端に屈みこんでいたこと(よく通報されなかったと思う)」

これら二つが原因と思われます。目が覚めた時には居酒屋の臭気を纏った外着のままベッドに横たわっていた。居酒屋から出た後の記憶がほとんど無い、辛うじて寄声を発していたことだけを覚えている状態。どれだけ酔っぱらった状態(記憶が無い)でも、”帰宅後にシャワーを浴びて部屋着を着用した状態でベッドに眠る”ことを無意識で行うといった特技を有しているのですが、今回は衣服を着替えることすらされていなかった。「よっぽど限界やったんやなぁ」と見慣れた自宅天井を眺めながら、二度寝を遂行しました。

 

 当日はテレワークでの業務となっていた為、シャワーを浴び、ゴミ出しを済ませ、自宅のデスク上で待ち受けるパソコンの元へと歩みを進めた。インターネットを通じて社会と繋がる感覚、キーボードのタイプ音、室内を占領しているクラシックBGMが心に優しく浸透していく。それから1時間ほど経った頃だろうか、着々と片づいていくタスクと比例して、自分自身の中で徐々に何かがこみ上げてくるような違和感を感じた。「ここ数日の疲労が蓄積しているのかしら」。その程度にしか考えていなかった私は、その違和感を特に気に留めることもなく仕事を進めていった。

 

 それから10分ほど経過したのち、急に何かが全身へと圧し掛かかった。キーボードのタイピングがしんどい、マウスをクリックすることすらしんどい、ディスプレイを眺める眼球が悲鳴をあげている、そもそも椅子に座っていることが耐えられない。そう、「とんでもない重力=倦怠感」が畳み掛けるようにわたしを襲ったのだ。”これは駄目だ”と本能がざわつく。とにかく眼前に広がる残りの仕事を片付けなければ、「タスク、殺す、タスク、殺す、」まるで安直な滅びの呪文をブツブツと唱えながら、頽れそうな頭を左手で支えつつ、残った右手を頼りに仕事を進めていった。なんとか期限付きのタスクを全て片付けた後、ようやくベッドに横たわることが出来た。この時点で、時計の針は午前10時を示していた。

 

 いまはただ横になりながら呼吸を繰り返すことしか出来ない。しかし、吐き気は全く感じられなかった為、その点だけが唯一の救いだった。これだけアルコールに溺れておきながらも「絶対に吐きたくない」という思いが人一倍強い自覚があります。吐いてる時って、人生の中で最大級に孤独な感じがあって、とっても悲しい。そして単純に吐瀉物が怖い(自分の中で吐瀉物は恐怖対象の上位にランクインしています)。それ故に、今この瞬間どれだけ苦しかったとしても、「嘔吐さえしなければ何も問題ではない。」「あとは時間が解決してくれる。」このように事態を楽観的に捉えていた。とりあえず今はこのまま眠ってしまおう、と。

 

  ウトウトとなり、眠りが夢の扉を開こうとしたその時、急に身体的な異変が起きた。身体中の全ての水分が沸騰したかの如く、全身がものすごく熱い。大粒の汗が全身から噴き出し止まらない。

 

「なんやこれ...」

 

そう思った次の瞬間、体内を急速度でこみ上げる”何か”の存在を認識した。瞬時に「嘔吐」の二文字が脳内でダンスを繰り広げる。「まずいまずいまずい、何の対策もしてないねん。」「ちょ、ほんまにやめて、踊らんといて」「ごめんなさいほんまにやめて」涙目になりながらベッドから起き上がりトイレを目指す。しかしながら、廊下に出た瞬間に限界点を迎えてしまった私は、即席で考えた”横に走りながら嘔吐”という新技を無観客の中披露することになった。「一年ぶりだねこんにちは」吐き出された”元:わたし”であった残骸を視認した後に滑り込む膨大な虚無感。”嗚呼、悲しきかな”。しかし、時としてどん底の暗闇にも光が差すことがある。新技”横に走りながら嘔吐”のおかげで、吐瀉物は四角形の台所シンク内にキレイすっぽりと収まっていた。

 

 自分の中で二日酔いとは、「身体を起こすことが出来ない/起き上がると吐く/起き上がらなくても吐く」と定義しています。とにかく動けない状態ですね。しかし、今回は起き上がることが出来た。なんなら目覚めのシャワーを浴びて残りの酔いが吹き飛んだ感覚があった。「記憶はないけれど、全然動ける」と安堵してしまったことが何よりの敗因だったかもしれない。もう吐いてしまったものは仕方がない、「うん、これは立派な二日酔いである」。一度吐いてしまった後は幾らかスッキリするものであるからして、吐瀉物を洗い流した後は眠りにつくことが出来た。それから3時間ほど経過した頃には何とか起き上がれるようになっていた。とにかく仕事を進める必要があった為、再度パソコンへと向き合った。しかし、30分ほど作業を進めたところで限界を感じリタイア→またベッドへと横たわる。目を閉じて、メリーゴーランドのようにフワフワと回転する酔いの残党を黙認しながらも、ただ時が経過するのを待つ。この時点で14時を過ぎていたが、身体を動かせる気配は一向にない。そうこうしているうち、ある瞬間にメリーゴーランドが急速度で回転を速めた。脳内で「嘔吐」のテーマソングが響き渡る。しかし、吐き気を早めに察知することが出来た私は、見事トイレでの嘔吐に成功した。何度か嘔吐いた後、スッキリした私は自分自身が震えていることに気が付いた。今度は猛烈な寒気がわたしを襲うのであった。

 

 「駄目駄目、今日はもう限界。おやすみなさい。」

 デスクに座ることも出来なくなった為、その日の仕事はすべて後回しにすることにした。そしてとにかく部屋を温かくして眠った。もちろんその後も吐いた、「めっちゃ吐くやん」と自分でもツッコミを入れるほどに可笑しくなっていた。もしかすると、今回の件で少しばかり吐瀉物への耐性がついたかもしれない。

 

 18時を過ぎた頃にはようやく吐き気が消え去り、気分が悪いながらも動けるようになった。コンビニでゼリーとアイスを購入して食べた。「"もうお酒は飲まない"って思いながらも、数日後にはまた飲んでるんやろなぁ」と思い巡らせ、夜の外気を肺に取り込み、それとなく酸性のため息を吐き出した。

 

みなさんも、自己破壊的なお酒の飲み過ぎにはお気を付けください。

(トイレ/シンク/自分自身はスタッフが綺麗に清掃いたしました)