[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0108 孤独な街

 

 たくさんの笑顔が街灯なんかよりも眩しくて

 

 わたしはその光を直視できないでいた

 

 

 夏なのに雪が降っていて、

 

 止めてくれよと蝉が泣き叫んでいる

 

 今わたしが大泣きしたとしても、

 

 誰も人の声だとは思いもしないだろう

 

 

 民家から漂うシチューの香りが食欲を

 

 そして孤独なわたしを搔き立てている

 

 家に帰れば冷凍食品をレンジに投げ込み

 

 ”チンッ”という音と一緒にこの街も爆発すればいいのに

 

 

 もう誰も嗤えなくなればいいのに

 

 わたしだけが、笑えていればそれでよかったのに

 

 それなのに、言の葉で自分の心を切りつけて 

 

 諸刃で身体を細切れにして、無表情を決め込んでいる

 

 

 受け取った愛情が傷に沁みるよ、痛い

 

 わたしが欲しいのは身体だけだよ、痛い

 

 体温ですべてを包み込んでおくれよ、

 

 

 急に蝉の声が鳴り止んだ、と思ったけど

 

 わたしの鼓膜が弾け飛んで、周囲の音が消えただけ

 

 もうあなた達の声は聞くことができないけれど

 

 ほんの少しだけ安堵しているわたしがいるよ

 

 聞かなくていい声の方が多かったから、

 

 聞きたくない声の方が大きかったから

 

 

 街灯を避けて歩くだけで精一杯だった

 

 それはスポットライトみたいで怖かった

 

 光を浴びると、眼球が溶け出しそうで恐ろしかった

 

 そうやって来る日も来る日も暗澹を歩くうちに、

 

 わたしは視力を失ってしまった

 

 

 もう何も見えないし、何も聞こえないよ

 

 やっとこれで孤独から解き放たれた気がした

 

 もう鳥籠に鍵はかかっていない

 

 大空へと飛び立つこと、大空へと飛び立つことを

 

 翼を広げ、勢いよく飛び出したわたし

 

 「やっと解放されたよ、わたし」

 

 

 気が付いた時には、地面にへばりついていた

 

 何度も何度も自分自身を切りつけた過去が、

 

 わたしの翼を壊してしまった

 

 落下した衝撃で身体は原型をとどめていない

 

 延々と零れ落ちる鮮血が雪と混ざり合い、

 

 そこに一輪の赤い百合が咲く

 

 

 懐かしい花の香りを味わいながら

 

 少しだけ眠ってしまおうと瞼を閉じる

 

 誰かが起こしてくれるその時まで、

 

 わたしは安らかにその場所で眠る

 

 

 「少しだけ、疲れてしまった」と言葉を残して。