[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0204 ホワイトレディ

 

 先日、久々に外の空気感を浴びながら複数人でお酒を飲んだ。

 

 まだ陽が出ている間から酌み交わされる生ビールやらハイボールやらレモンサワーやらが、瞬間的に各々の喉元へと消えていく。飲み干して気持ちがいい、見ていても気持ちがいい。満たされる、これだよこれ、人との関わり合いの醍醐味、とても大きな温もりを感じる。生きていてよかった今日を生きていられてよかったな。目の前のあなた達が生きていてくれて本当によかった、もう離れたくない離したくないずっとこの時間が続けばいいのに。

 

 それでも時間というのは限りなく残酷なものであった。家庭の事情もあり、19時頃には解散の道上を歩いていた。わたしはシンプルに寂しかった。このまま家に帰ってしまえば、わたし自身が粉々に砕け散るような予期不安に心が襲われた。雑踏の中を歩く自分の足音が鮮明に鼓膜へと響いている。気が付けば、徒歩数分の場所にあったBARの扉を叩いていた。

 

 BARで一人きりで過ごす時間が本当に久し振りで、カウンターに腰をかける瞬間までは意気揚々としていた心の波が、「ギムレットをお願いします」という一言と共に音も無く引いていく様が自分の中で感じ取られた。これまた久々に喉を通り抜けるギムレットの緩やかな流れが何とも快感で脳汁が溢れ出す。二口、三口、と飲み干すにつれて下降を辿る不安定な情緒が、二杯目の「アードベックをロックでお願いします」というオーダーをきっかけにして、取り返しがつかないほどに急降下していく様が明確に脳内へと浮かび上がる。

 

 微かながらにロックグラスへと反射する自分のにやけ面が絶妙に気持ち悪い。「絶対に話しかけんじゃねぇぞ」と最早言葉になっていたのではないかと思うほどの負のオーラを解き放っていたにも関わらず、それでも定型文のような会話を投げつけてくるバーテンダーに対して少しの憤りを感じながら、もう回らないと思われた呂律と脳味噌を何とかフル回転させて気丈に振舞う。「今日は話したくないです」と一言穏やかに伝えればいいのに、自分の感情を無視してコミュニケーションを取る自分を”大人だなぁ”なんて自惚れながら、また少しずつ自分を殺していく。もうカウンターの上は血だらけだった、店内はアルコールと煙草と鉄の臭いで埋め尽くされていた。

 

 三杯目は、好きな文筆家さんからオススメいただいた”ホワイトレディ”というショートカクテルをオーダーした。その頃には心情を察したのかバーテンダーも話しかけてこなくなり、いよいよ自分の中で限界を迎えていた。初めて体内に取り込まれるホワイトレディが、私を宥めるような空気感で脳にドーパミンを発生させる。とても美味しかった、”美味しい”という快の感情は間違いなく私の中で発生したはずなのに、どうしても落下を続ける自分自身がいて、次の瞬間に地面に叩きつけられ弾けてしまう。もう駄目だった、何故か知人にLINEを送っていて、何故かわたしは泣いていて、それでも嗚咽は出なかった。どうして自分がこの場所にいるのかがわからなくて、どうして自分が涙を流しているのか理解が追い付かなかった。カウンターで涙だけを静かに流しながらiPhoneを凄い勢いでタップしている私の形相は、さぞ醜かったであろう。ごめんなさいと申し訳なさを感じながらも、涙はその勢いを止めようとはしなかった。

 

 しばらくするとiPhoneの充電が切れた。心の逃げ場が瞬時に遮断された感じがして、投げやりでホワイトレディを再オーダーした。その場面からわたしの記憶が途切れていて、気が付けば家の床で眠っていた。吐気で目を覚ましたわたしは、大急ぎでトイレに向かうも間に合わずシンクに嘔吐した。盛大な二日酔いをお見舞いされてしまったな、その後も吐いては寝て、吐いては寝てを繰り返した。もちろんのこと仕事も休んだ。すべては自業自得であって、心を制御できなかった自分自身の責任だ。「クソ人間やな」と自分を罵りながらも止むことを知らない吐気が次々とわたしを襲う。水を飲んでもすぐに吐いてしまうぐらいで、もう死んでしまうのかと思っていた。どうにでもなれと床に寝転がっていた私は生きていて、心だけは礼儀正しく死んでいた。人生で一番過酷な二日酔いを経験したわたしは、強くなるどころか幾らか弱くなっていた。吐いている最中はずっと泣いていて、誰か側にいてほしかった。一人の空間がとても恐ろしかった。どうしてもどうしても自分が許せなくて、その悔しさと虚しさが涙へと変貌したのだろう。本当に哀れだなと思うよ。

 

 ちゃんとお会計を済ませたのかどうやって帰ったのかすらわからなくて、後々クレジットカードの利用明細を確認してカード払いをしていたことを確認して、持ち合わせていた現金の一部が消え、一部が小銭に変わっていたことでタクシーを利用して帰還したのだと推測する。朧気な記憶の中では、しばらくの間笑いながら歩いていて「ここどこ?」となっていたような気がする。それでお金に物を言わせて迷子を拾ってもらったのかな。酔いながらも英断をした自分自身を少しだけ誇らしく思う。いや、そもそも外で一人で泥酔するなよって話だけど。翌日知人に送ったLINEのトークを恐る恐る見返してみたんだけど、見るに堪えない呪言が整列していたからそっと閉じました。知人からは「鬱」と断言されたので、自分からも「きっと鬱」と共感を示しておきました。

 

 もうこんな失敗や苦しい思いはしたくないと思うけれど、これからも生き辛さを感じる度にお酒を飲んでしまうんだろうな。それでもね、失敗も苦しみもお酒を求めることも、そして人の温もりを求めることも、全ては生きているからこそ起こる感情だったり事象だったりする訳であって、だからこそ、今の内に求められること感じられることは、この手のひらを使って全て包みたいと思っています。そうやって、自分の温もりが少しでも伝わればいいのにね。あなたの温もりを感じられたらいいのにね。