[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0232 軽薄な星空

 

 これまでの過去がすべて無かったかのように浮ついている現在があって、知らないことを知らないまま死んでゆくことも、知れば知るほどに恐ろしくなることも、その何もかもが絶望的だ。

 


 たまらなくジンが飲みたい。思い立ちボンベイサファイアに手を伸ばす。停留所で宙を見上げ笑っている人、きっと私も将来はあんな感じだろう。歯痒い輝きたちは何もかもを消失していて、限りなく孤独だ。最早失礼にも値しない、そんな爽やかさが現在の中に内包されていた。喉を通るアルコール度数が心地よい、何も考えずに済むように、何度も、何度も、グラスと唇とで接吻をする。

 


 母の中にいた頃は、穏やかで無知で愛らしい生命体だった。世界を知らない、ということはある種最上級の幸福なのかもしれない。知ってしまうから、比較対象が開始されて、それを手にしていない自分、手にしているその他大勢が、己の中から産み出される。勝手に苦しくなって、勝手に奮闘して、勝手に潰れてる。どうしていつまでも幸福とか愛情とか裕福とか、ありふれた魅力に振り回されているのだろう。

 


 君の中にいることだけが重要なのに、誰の中にも"私"がいないことに気がついたその瞬間から、一体どうして生きていけばいい? なんて言うとまたメンヘラとか言われるんだろうなと思うから、日常生活では口を噤みつづけている。別に誰にどう思われたって構わないけれど、どう思われたって構わないと思っている私のことを嫌いな人間は確実に存在していて、それでも尚踊り続けている自分が、時々馬鹿らしく感じる瞬間があるよ。そうしてまた一つ、生きることに対する嫌悪感が増す。こんなニヒルな思考回路を、両端から引っ張って、ぶっちぎってやりたい。

 


 これまでこだわってきた事柄が、何も意味を成していないこと。そのことがとても悲しくて、思わず虚しい空に想いを馳せる。両想いの可能性を星に願い、ごく僅かな星屑を手のひらに閉じ込める。誰と誰が想いを交わせば、私は満ち足りるのだろうか。わたしは誰との想い合いを望んでいて、果たしてその望みでさえも中身が詰まっているのか、わからない。わかろうとしない、向き合おうとしていない。そうして逡巡する内に、空から隕石が落ちてきて、誰よりも先に私が死んだ。

 

 

 

 傷つくことを前提とするならば、人生そのものが刃物になる。何度だって切りつけられて、出血して、瘡蓋になって、剥がれたと思ったらまた抉られて。いつになったら消えて無くなるのだろうと、祈って、祈って、それでもまだ、消えられなくて。