[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0285 合理的な消え方

 

 いなくなりたいと願えば願うほどに、執着が現世に根を張っていつまで経っても離れられない。それは生きることに期待してしまうのも同じ。正反対のものを引き起こしてばかりのこの執着心が憎くて、憎くて、そう思えば思うほどに膨らみ続ける執着のご満悦が、いつまでも頭の中を支配している。

 

 いつまで続くのか、先が見えないから恐ろしいのだろうか。頭が痛い、笑いかけてくる声の主が、ずっとわたしを解放してくれない。早く帰りたいと思うのに、帰る場所がどこにも無いこと。消えてしまいたいと思うのに、消えた後も残るであろう言葉を書いていること。意味がないとわかっているのに、自覚しながらも意味の無さに囚われ続けていること。

 

 朝焼けが目に刺さって痛い、夕暮れが胸を締め付けるようで痛い、優しい言葉がいまの私にはとても痛くて苦しい。無為に絡み付く手指が滑らかで気色悪い。最後に一度だけ、と口に出して、あと何度同じことを繰り返すのだろうか。顔を見るたびに思う、顔を見るたびに、顔を。

 

 出来損ないの比喩は今もどこか空を舞っていて、それが誰かの元へたどり着けばいいのだけれど、ゴミと勘違いされて道に捨てられてしまうかもしれない。それを誤って飲み込んだ野良犬が、言葉を発せない野良犬が、遠吠えを上げた。いつまでも、いつまでも吠え続けた。野良犬は叫びの中で泣いていた。在りし日の記憶を、過去の飼い主を、現在の孤独を、ありのままに感じていた。一瞬の銃声が、その場に静寂を引き起こす。殺処分、悲しみも。殺処分、奥に眠る愛情も。殺処分、あなたもわたしも。

 

 魂の抜け殻は、然るべきタイミングで火葬される。それが何よりも合理的だから。それが何よりも自然だからだ。どれほどの美しさも、醜さも、灰に成ればありとあらゆる美醜を区別することはできない。それでよかった、それだけが世界の中で救いだった。無に帰する、言葉が浮かんだ次の瞬間、大きく風が吹いた。幾らかの灰が宙を舞う、風に身を任せ、どこまでも行く。野良犬も、あなたも、わたしも、一つになり世界に散らばる。同じことの繰り返し、その中で出来損ないの比喩だけが、今日も空を舞っている。