[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0305 伝えないままのありがとう

 

「ありがとう」という言葉が好きです。ありがとうを言わない人が嫌いです。言えないのではなく、それはあくまで言わないだけであって、上手な伝え方を知らないだけ。寧ろ下手くそでもいい、そこには必ず可愛らしさが存在するから。義務的に感じる必要はないけれど、感謝が自然にポロっと口から零れ落ちるような、わたしはそういう人間でありたい。そのために、今日も心臓は動いています。

 

 感謝、されたら嬉しいこと。する方も嬉しくなること。なにかをしてもらうことが当たり前になっている人間には、「ありがとう」が大きく欠けている。そのたった五文字を省略するだけで、人生の質というのはどこまでも奈落へと落ちていく。それは悲劇でもなんでもなく、”当たり前”の結末なのだった。見えないところで、見えない誰かが、一生懸命にサービスを提供してくれていることによって、快適な生活を送れている実態がある。見えないものに感謝すること、言葉を伝えることは難しいから、生きていることそのものに「ありがとう」を言う。見える場所にいる人には、存分に感謝を伝える。存在していることが当たり前な人など、どこにもいないのだ。「今日も生きていてくれてありがとう」なんて突然言うと、「え、なにどうしたの気持ち悪い」と言われるかもしれないけれど、怪訝ながらも相手はまんざらでもなさそうだった。

 

 大切なひとには「生まれてきてくれてありがとう」と伝えています。この世に生まれて、あなたがあなたとしての物心を培って、わたしと出会ってくれたこと。確率として計算もできないくらい、それはほんの僅かで、そしてあらゆる膨大な奇跡たちが出会いを現実に落とし込んだ。あの時、もし一歩でも違う方に歩いていたら、いまのわたし達は存在していなくて、関係性が生まれていなくて、そういうこと考えると、心臓が一回り小さくなるような、そんな痛みにギュッと胸を締め付けられる。

 

 そう、自分自身が生まれていなければ全ての出会い、感情、言葉が存在していなかった。やはりそういう意味合いでは、魂と入れ物を与えてくれた、両親には感謝なのだと思う。「なんでこんな世の中に、勝手に、産み落としたんやろう」と辛い時は思ってしまうのだけれど、人生の中には楽しい時間というのもあるからして、感謝を度外視することは難しかった。まだ心が青かった頃、周囲にいた人生の先輩方から「親は大切にせなあかんで」と何度も何度も、それはもう耳が引き千切れるくらいに言われた。幾らかの年月を経て、現在はその言葉を言われることは無くなった。大切に扱うことが、必ずしも私の幸せにつながることではないと、察してくれたのだと思う。

 

 わたしは、この身を与えてくれた人に、ありがとうを伝えない選択をしている。それでいいとも思っている。そういうこと、もう既に心が限界なのだ。でもね、心の中では思っています。幼い頃の、それはそれは朧気で、一本の糸のようにか細い家族との思い出。記憶の中ではみんなが笑っていて、真夜中で、次々と流れるネオンライトを車のなかから眺めていた。車中には鬼束ちひろさんの月光が流れていて、そんな記憶のなかに、今でもわたしは閉じ込められている。思い出は美化される、思い出は美化される、この思い出は美化されている。呪文のようにつぶやきながら、そっと記憶のフタを閉じる。

 

 このままありがとうを伝えないまま、生きていくのだろう。

 それでも時々、記憶の隙間が堅い決意を揺らしている