[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0306 繰り返しの美学

 

 会社での休憩中のこと。二人の先輩との会話の流れで、互いの良いところを挙げることになった。先ずはわたしが先輩のすごいと思っている部分を言う。一人の先輩には「生まれながらにして人から愛される天性の愛嬌」、もう一人に対しては「圧倒的に輝くセンス」と伝えた。ふむふむなるほど確かに、場は好い雰囲気に包まれていた。そして、私の良いところの出番が回ってきた。なんだろう、自分では皆目見当もつかない。センスとか愛嬌とか人間性とか、そういった内面を褒められたら嬉しいなぁ......なんてことを考えていると、

 

「一つだけ私がこれ!と思うのは、同じことを繰り返せるところ」

 

 拍子抜けしてしまった。「えっ?それだけ?」と何度も聞き返してしまう。必死に考えている様子の二人、それ以外の言葉はなに一つとして生み出されない二人。マジか、なんもないやん自分。めっちゃ地味やし、繰り返しなんか誰にでもできるやんか......自分の魅力の儚さを思い知らされた。「そのたった一つ、繰り返しがめっちゃ強みになるんよ!」と追随のもう一声。あれま、こりゃもう完全に励まされているわ。「お情けの言葉ほど胸をえぐるものはないんだよ」そう言うと、「違う違う、これは本当に!」と熱弁された。

 

 聞くところによると、先輩お二方は毎日同じことに取り組むいわゆるルーティンが苦手なのだった。習慣化したい気持ちはあるけれど、毎日同じ時間に同じことをするのがどうしようもなく苦痛、とのこと。一人の先輩に関してはルーティンを作らないように心掛けているそうで、その習慣自体に縛られているような感覚が嫌なのだった。「他人から見て、自分はそんなに繰り返しているように映ってるの?」と質問すると、「最早ルーティンで全身が構成されてるやん。」「朝起きてから家を出るまでの流れ、口頭で説明できる?」と聞かれたので、寸分の澱みなく朝の流れを説明した。「ほら、それそれ。多くの人はそんなにキッチリと行動が決まってないのよ」とややドン引きされながら指摘された。

 

 毎日同じことを繰り返しても飽きない。気が付いた時にはこうなっていて、習慣の奴隷と化していた。多くのことをその都度考えるのが苦手で、少しでも負担を減らす為の処世術ではあるのだけれど、思わぬところで、思わぬ形で評価されていたのを知り驚いた。たまに「ストイックだね!」と言われることがあるんだけど、自分としてはやりたいことをやっているだけなので、どの部分がどういう風にストイックなのか、いまいちピンとこないのであった。清潔な同じ服を着て、同じ香りを纏い、今日もやりたいことに取り組む。そういうのが好きなのだった。思うに、自分はホメオスタシスが強く働き過ぎているのではないか。現状を維持しようとする人間に備わった本能が、ちょっとばかり過剰になっているのかもしれない。

 

 例えば、毎日読んでいる本に関しても、その日によって読む内容は変わっている訳であって。運動にしても、動かす部位やメニューは違う訳であって。文章にしても、違う内容を書いている訳であって。同じことをしていても、昨日とは全然違う、この感覚がとても爽快である。そして、毎日同じものを食べて、同じ時間に寝て、同じ時間に起きる。判を押したようなこの生活が、他人様から見れば異常らしいのだった。毎日違うもの食べて、違う時間に寝て、朝も二度寝とかしちゃって、違う服を着て......etc そういう生活の方が、自分からしてみれば「すごいなぁ(憧れ)」といった感じなのだけれど、思い返せば過去の自分もそういう生活を送っていたのだった。ということは、誰でも同じようなことをただ繰り返せば、それが習慣となり、ルーティンとして日々の中に自然に取り込めると思うのだけれど、その”繰り返し”というのが割合困難とのこと。

 

 自分が一週間密着とかをされたら、本当に代わり映えのしない映像がただ7回繰り返されて終わる気がする。そこに仕事が挟まるかどうか、たまに飲み屋に行くぐらいで、その他はなんにも変わらないだろう。「それって楽しいの?」と質問されることがあるけれど、「逆に毎日違う事をして苦痛じゃないの?」と心のなかで返答している。しかし、自分でも「つまらない人生なんだろうなぁ(客観視)」なんて思ってしまう瞬間も時にはあって、そんな時には[Casa BRUTUS 2023年 3月号]のなかで書かれてあった、「水玉は原点」という草間彌生さんの一言を思い出す。毎日毎日繰り返し水玉を描くことで、一つの作品が完成する。今日まで、毎日描くこと、自分自身の作品と、芸術と向き合われていらっしゃる。本当にこのままでいいのか、日々違う選択をした方がいいんじゃないだろうか。決意が路頭に迷っていた時に、とても救われた一言なのです。「あなたは間違っていない」と励まされたような気がして、随分と自分の生活に自信を持てるようになりました。

 

 あなたは何にも変わらないと言われることがある。変わらない中でも、日々微細に変わっていて、同じことを繰り返すことによって、その微かな動きに気付くことが出来る。これからもわたしは同じことに取り組み続ける。新たな変化を加えながら、流れゆく世の中を横目に見ながら。