[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0322 或る一日、

 

 アラーム無しで目が覚める。快眠明けの朝、コーヒーを飲みながら書く文章は格別である。身に染みる寒さが心の速度を上げていくようで、これだから冬が大好きなのだった。生きていることを実感する方法の一つに「痛み」をあげるとすれば、低い気温もまたその痛みに直結する。冬場はうつ病の発症率が上昇する。本質的に人間は温まりたい生き物だから、その欲求とかけ離れるほどに心が脆くなり病んでしまう。みんな、なにも考えずにハグしていればいいのに。ちゃんと考えながら、互いを認め合えればよかったのに。物事の本質はいつだってシンプルだった。なにごとも複雑にしてしまうわたし達人間は、「愛されたい」ただその一言を素直に吐き出せれば、それだけですべてが上手く回った。

 

 この先を生きて、一体なにをするの? 「そんなことわからない」なんて困りながら笑う君のことが好きだった。誰かのことを好きでいられる気持ちが、わたしの中にもちゃんと残っていて、ただそれだけのことで大きく安心した。痛みばかりを追い求めることも、愛されたいと願えないことも、わたしを取り繕うなにもかもがどうでもよかった。誰かのために生きる、違う。自分のために生きる、これも違う。生きることを決心したから現在があるわけではなく、あくまで自然の流れのなかにいて、ただこの世界の上でわたし達は生かされている。様々な温もりが、わたしに生きるための体温を分け与えてくれる。そして、わたしはどうなっていくの? 「そんなこと何一つとしてわからないよ」あなたのことも、そこにある温もりさえも。

 

 

 毛布に包まりながら本を読んでいる。レースカーテンが風で揺れる。言葉を追うあなたの横顔をいつまでも眺めていたいと思った。とにかくたくさんの本を読んだ。積み上がる読了と少しばかりの疲労感が心を満たす。すこし散歩にでも出かけましょうか。冬は日が暮れるのがとてもはやい。薄っすらと暗くなった外道をあなたとわたしが歩いている。いつだって、繋がれるほうの手だけは素肌でいたい。片手袋、交差するてのひら、はだかんぼう。ただ歩いているだけで心地いい。相変わらず星はひとつも見えないけれど、君が隣を歩いているだけでとっても温かいから嬉しい。スーパーで買い物をして、普段は食べないお菓子とかジュースをたくさん買い込んで、帰り道は好きな映画の話をした。合わない価値観をすり合わせるように、お互いの好きな作品の好きな場面を、一生懸命に説明した。

 そうして二人は家に到着した。なにもしていないのに。ただ本を読んで、手をつないで、買い物をして、好きな映画の話をしただけなのに、なんだかとっても疲れているね。ベッドになだれ込む二人、シワだらけのベッドシーツ。ただそこに流れ続ける鮮やかな映画作品は、わたしたちにとってそれは愉快なBGMだった。スクリーンでは女の子が泣いていて、それを眺めている二人の顔には、いつまでも笑顔が浮かんでいる。この瞬間を忘れたくない、と思った。未来では、そう思ったことすら忘れてしまうのかもしれないけれど、このありきたりな幸福を、強く胸に刻みたいと思った。

 

 いつかは終わることを知っている、

 ふたりの夜は重なり続ける