[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0324 沈静な香り

 

 なんだか懐かしい香りがした。冬の冷気に包まれたそれは、優しくわたしを包み込む。必要なものを必要なときに取り出せるように、人は意識的に香りを纏うのかもしれない。自分のかたちを色鮮やかに模るために一つの香水瓶を選ぶこと。わたしがいなくなったあとも、その香りさえあれば記憶が刺激される。香水とは、手軽に購入できる一種の呪いだ。褒められることも、気づかれないことも、もう誰からも触れてもらえなくなったことも、そのすべて何もかもが愛おしい。わたしは、いつだって私だった。そのことを忘れてしまわないように、今日も身体を香りで埋める。