[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0369 忘れないでそこにいること

 

 一室の孤独、投げ捨てたスマホ、半分に折れたテレビジョン、一家団欒和気あいあいとして無音。鼓膜に広がる咀嚼音が耳障り、ノイズキャンセリングでさようなら。別れ、食事に味はなく静寂だけがトッピングされている。意味のない人生、意味を見出した人生、生活、趣味娯楽、労働、生きがい。それら全てが、存在が、どうでもよいものだった。あってもなくても、あったら嬉しいけど、なくても何とか生きていけるもの。「これがないと駄目」のほとんどがなくても大丈夫なもので、魂の乗り物、身体だけが苦痛でなければ、わたしたち生きていける。起きて食べてちょっとなんかして食べて寝て、その繰り返しが一番の証拠で恵まれていた。

 君がいなくなったこの部屋は、それでもわたしを包み込んでくれて、やっぱり大切な君でさえも、なくて大丈夫な存在だったことを知る。思い込み、自分がおかしくなってしまいそう、大丈夫わたしおかしくならない。いざ失ってみると全然平気、平気、平気、そのことがなによりも悲しい。涙はもう枯れてしまったから、ずっとここで本を読んでいるよ。文字があたまに流れ込むと、空っぽな身体に重みを取り戻せるようで心地よい。わたしにとって、あなたは一体なんだったのか。会えなくなっても悲しくなかった、それでもわたしは大切に思っていたのに。頁をめくりながら自問自答、指の腹を一舐めすると口内に哲学の味が広がった。愛と幸福、冷えた心臓、別れの温度、孤室。

 読むことにも疲れたわたしは、扉を開けて外へ飛び出る。スニーカーに次々と一歩を後押しされて、なんだか踵がむず痒い。歩きスマホとぶつかりそう、そのことにすら気づかず通り過ぎる。大声で子を𠮟りつける親、馬鹿みたいに陰口で盛り上がる二人組、独り言をまき散らす不機嫌じいさん。どこにいってもうるさいなぁ、鼻腔を刺激する臭気がとっても苦しい、過剰なネオンライトに目が焼かれる。どこにいっても落ち着かない、ただいま、わたしの居場所は、たったひとりのこの一室。生きていることが苦しいけれど、この部屋があればなんとかわたしを続けていける。「これがないと駄目」、未来のなかでは粗大ごみとなる思い込み、いつかはこの部屋もなくなってしまうのに。それでも何とも思わない、何も感じないわたしの中に、生きることを与えてください。分厚い哲学で思いっきり殴打されたい、外に出れば、部屋にこもれば、あらゆる雑音に支配されている現状、うるさい、あぁ、、もう全部うるさいのだ。ノイズキャンセリングでさようなら、心臓の鼓動でさえも、すべてが、わたしにはなにも聞こえていない。