[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0372 朝

 

 わたしは一日のなかで一番大切なのは朝の時間だと考えています。起きたては頭がスッキリしているからとか、早起きは三文の徳とか、そういう効果もあるんだろうけど、わたしにとってそれは副次的なものに過ぎない。わたしが考える朝の重要性とは、朝の時間に余裕を持てるかどうかで、精神の方向性が決定されるということにあります。

 

 朝、慌ただしく過ぎていく時間だけが。アラームが鳴り響きおはようございます、朝ご飯は時間がないから食べんとこ、洗顔、歯磨き、寝癖直しヘアセット、マスクするからメイクアップは目元だけ、いつもより一本遅い電車、無事間に合うかしらキリキリキリ、地獄の出社ルーティーン。数年前のわたし、こんな感じでずっとずっと忙しない人間だった(メイクはしないけれど)。会社にもよく遅刻していた。朝の時間をバタバタして過ごすと、そのバタつきが継続して一日が本当に忙しないものになる。ずっと、精神が落ち着かないんである。これには科学的根拠があって、急ぐ=行動が早まるということは自律神経の交感神経が優位になることで、朝一番の自律神経の状態がその後も尾を引くというもの。わたしの推しである順天堂大学医学部教授の小林弘幸先生が著作のなかでおっしゃられていた。これを読んだ当時の青年は「なるほどぉ......」となり、朝の過ごし方を変えることにした。もちろん(?)この頃は、抜群に精神が不安定な時期、周囲に憎悪を振りまいていた時期である(世界よ本当にごめんなさい)。そんな自分が嫌で、変わりたかった。余裕を持って一日を過ごしたかった、優人生の上を優雅に踊っていたかった。

 

 手始めに一時間早く起きてみることにした。いつも時間ギリギリまで寝ていた青年にとっては大胆な一歩だったと思う。アラームが鳴る、二度寝したい気持ちを黙殺してベッドから飛び出る、眠い。それでもなんだか、おぉ、いつもと違う気がするぞ。たった一時間早く起きただけなのに、自分が生まれ変わったような気がして、心のなかが清々しかった。暇なので本を読むことにした、暇なので早く家を出ることにした、暇なのでカフェで出社時間までのんびりすることにした。なんだこれは、一時間を限りなく有効活用している感覚、充足感、そして圧倒的余裕。よっぽどのことが起きない限り、遅刻することはない、電車もいつもより空いておる。その日から病みつきになった、早起きの虜になったのだった。

 

 遺伝子が朝方傾向で上手く合致しただけなのかもしれないけれど、試行錯誤を重ねた結果、起きる時間はどんどん早まっていった。よく「朝起きたらカーテンをあけて日光を浴びましょう」なんていわれるけれど、起きる時間はいつだって暗闇で、太陽が昇るまでに時間がかかるからカーテンはあけていない。夜中に寝て夜中に起きるこの感覚にはもう慣れっこで、目覚めたときに外が明るいと「うわぁ、やっちまった」という謎の罪悪感が発生する。それほどまでに朝の時間を活用するようになった青年、気が付けば精神も大分落ち着いていた(社会生活上は)。当時は成功してお金持ちになりたいとか考えていたんだけど、朝の時間にしていたことと言えば「コーヒーを飲むこと」「インターネットサーフィン」この二つだけである。約一時間ほど、思考停止してインターネットを眺めていた。いま考えれば勿体ないと思う部分もあるけれど、あれはあれでよかったのだと肯定できる部分の方が大きい。朝一番にやりたいことに取り組む、楽しみをつくることが早起きのコツとのこと。たまたまうまく楽しみが当てはまって、早起きが継続されていたんだと思う。コーヒーもインターネットも朝の時間以外は取り入れないから、それを楽しみに起きられていた部分は多いにある。現在となってはその時間が「コーヒーを飲むこと」「文章をかくこと」に置き換わり、朝の時間がそれはもう楽しみで仕方がないのであった。

 

 早く起きると余裕を持って早めに出社するようになり、前倒しで仕事に取り組めるようになり、後半はサボり気味でも楽勝、みたいな感じになった。あれよあれよと会社全体の出社時間が早まり、それに合わせてわたしの起きる時間も更に早まり、一日がどんどん前倒しされていく。わたしがわたしを続けられているのは、朝の時間を確立したおかげ。それでも尚、不安定な精神、だからこそ朝の時間を遵守する必要がある。余裕を持って一日をはじめること、優雅に日常を歩むこと。わたしが形を保つための、唯一の方法なのです。

 

 昨日はストロング二度寝をかましてしまい、朝はバタバタ駅まで駆け足、駅からも駆け足で何とか出社時間に間に合った。けれども、精神がボッロボロで何をやってもうまくいかないの。余裕なんてこれっぽちもありゃしない。昨日はわたしではなかった、わたしは昨日を生きていなかったのだ。今日を生きる、そうだ今日を軽やかに生きなさい。余裕で、優雅で、厭世的に。