[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0387 人は楽な方へと流される

 

 自分がボーっと日々を過ごしているあいだに世界はもの凄い勢いで動いている。なんにも変わらないこと、なにもしていないことが悪いわけではないけれど、いかんせん変わりたい願望が芽生えている現状、このままじゃあいかんと思い立ち候。

 

 たとえば、文章を書いて、仕事をして、定時以降は酒を飲んで鬱と抱き合いながらバタンキュー。この数年間ほんとそんな感じで、家で酒を飲むか、飲みに出かけるか、とりあえず酒を喉に流し込む選択肢を愛し続けた結果、あらまびっくりなんにも残っておらんです。希死念慮だけが増えて、お金と時間とエネルギーが減っただけ。本当にただそれだけで、これまでの自分を振り返って恐れおののいた。なんやのこれ、一体わたしはなにをしてたのよ。文章を書く、という目標を達成できてるからオッケー、その上仕事なんかもこなしちゃって最高、あとは酒飲んで馬鹿になりましょうや。なんて甘い戯言いつまでもどこまでも吐き続けた。文章を書いているのは自分のため、誰に頼まれているわけでもない。仕事をするのは生きるため、そしてちょっぴり暇つぶし。酒を飲むのは現実を忘れるため、直視することが難しかったから。

 

「そのままじゃ君、なんにも変わらないよ」

 

 本能がわたしに投げかける。時間の使い方はそのまま人生を形作る。現状に満足していないのならば、時間を味方につけて行動を変えていくしかあらへんのよ。そしてなによりも、現在の自分に不足しているのは行動力そのものだった。酒と距離をとって、色んな人と会話をして、本心の自分と向き合って。そういう生き方をしていると、今後の課題が浮き彫りになる。それは手を伸ばせばギリギリ届きそうなもので、いややっぱり無理かもと思えることかもしれなくて、不安と苦しみは確実につきまとうのだろう。不安になるのも、苦しむのも、恐ろしいなぁと思うが冷静に考えてみると、わたし、ぼく、現時点で充分それらにあたまを包まれておるではないか。ならばいっそのこと恐怖突入、そこが恐ろしいと感じるほどに、その場所には変化の可能性が散らばっている。進むも地獄、進まぬも地獄、ならば進んで地獄を味わいましょう。その先、不安や苦しみのその先には、楽園が広がっているかもしれないから。

 

 これはあくまで現在の自分に対して言えることだけど、もはや家のなかで引きこもっている場合じゃない。外へ、表の世界へ飛び出す必要があって、どれだけ不安でも、怖くても、その重い不安定な心を引きずってでも、ひたすら進んでいくしかないのだ。いまがその時なのだ、直感が大きな声で叫んでいる。「お酒は好きです、でも一人で飲むお酒が寂しいです」それならば、友人を誘って飲みに出かけよう。知らない人と酒を酌み交わそう。「美しいものが好きです、でも芸術のことはよくわかりません」それならば一度美術館に足を運んでみよう、書物で作品の歴史を知ろう。動け、動かなければ、幕はずっと閉じたまま、自分のすべてを使って変化を掴み取りにいく。どうしていままでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。いや、気が付いていた、けれども見ないフリをして未来へと先送りしていたんだ。

 

 本心が強く求めていることに、時間とエネルギーを注ぎこみたい。他人からみれば価値のないことだったとしても、自分にとってそれが必要であれば、行動で真実を確かめたい。これまでひどくルーティンに縛られ、強迫観念に縛られ、自分の可能性をわたし自身が制限していたんだね。規律も、強迫観念も、お酒も、自分を構成する一部分で必要なものだと感じていたけれど、それはどう考えても思い込みで、それらに固執していただけなのだった。これからは可能性の幅を広げたい、色んな人と関わっていきたい。そのためにはとにかく時間が必要であって、酒をのんでへこたれている場合ではないのだ。お酒を飲む時は誰かと一緒に楽しい時間を、そのぐらいが丁度良いのだ、きっと。

 

 思えば、去年は様々な可能性があったのに、楽な方にばかり流れて行動が出来なかった。あの時、勇気を出してあの場所に行っていれば、誘いに応じていれば、人生に良い影響を与える人と出会えたかもしれないのに。コミュニケーションを恐れて、他人様から拒否されることを恐れて、なんにもできないまま一年が死んだ。幸い、文章を書きつづける術は身についたけれど、これも家の中だけで完結することなので、表に出ることとは全然向き合っていなかった。思い付きでいいからさ、色んな場所に行けばいいよ。通りがかりの気になったお店とか、いつもとは違う道とか、あえて寄り道をして歩いてみればいいよ。その瞬間は変化を感じられないだろうけど、それがたくさん積み重なった未来には、ありあまるほどの魅力が生まれているだろうからさ。

 

 

 いまは立ち止まっていることが恐ろしい、

 歩きながら生きることを思考する、生きろ