[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0350 ラフロイグ

 

 風邪気味から無事帰還、祝うようにBARでウイスキーを流し込む。新年初BAR、随分おとなしく過ごしていました。なんだろうこの感じ、やっぱり破壊的なアルコール度数に胸が躍る。年が明けてからハイボールとかビールとか、可愛いお酒たくさん飲んできたけれど、やっぱりこれ、わたしはウイスキーを愛している。酔うとなにもしたくなくなる、酔うと文章を書きたくなる。矛盾、いつものBARで、いつもの角席で、バーテンダーは常連客と話していて、横に並んだ三人組の口からはハングルが飛び交っている。わたしはiPhoneの画面をタップタップしていて、グラスが空になった時にだけ言葉を発する。恐らく、この場にいる誰よりも言葉を吐き出しているはずなのに、店内にいる誰も彼もが、わたしの言葉を察知することはできないでいる。

 

 この場所にきて飲むラフロイグが好きだった。これは間違いなくオン・ザ・ロック。あまりにも美味しすぎて、ボトルを購入して自宅で思う存分飲んでみたのだけれど、何故だろう、どうしても異なる香りと味わい。なんやこれ全然美味しくないわ、思う存分自棄酒と絶望。お高いアルコールが本当に勿体ない、でもどうしても味わいが異なる。グラスはバカラ製なのに、氷は販売されているものを使っているのに。BARで正気を保っていられる時間は限られている。酔いに酔って、味覚が勘違いしていたのかしらと思ったけれど、新年改めまして二杯目からラフロイグ、なにこれどうしようめっちゃ美味しい。やっぱり感性がときめいている、美味、最高、酩酊が笑顔で手招きしている。

 

 愛とウイスキーは似ている。一口目はとても刺激的で、ゆっくり飲むにつれて氷で味わいが薄まって、気がついた時にはなくなっている。なんて、ベタなこと言いたくなるほどに、現在のこの空間が幸せです。嗚呼、よいお金の使い方だなぁと思える。冷静に考えれば、お酒単体ではなく、空間も含めてすべてを味わっているのです。それを提供してくれるバーテンダーが本当に有り難くて尊い。お酒を提供してもらえるって、本当に幸せだ。家で飲めば比較できないほどに安く済ませられるかもしれないけど、家では味わえない類の幸せが、BARとか居酒屋にはゴロゴロ転がっている。酔っ払いという生き物はよく喋るから店内には肉声が飛び交っているし、それをBGMにしながら書く文章は最高だし、書くことにも疲れたら周りにいる知らない人たちと話したりする。普段シャイなお方でも、アルコールの力でコミュニケーション強者へと変貌している。ちょちょいと話しかければ皆さん機嫌良く応じてくれるものなのである。なんなんやろう、なんていうのこの感覚。「飲み屋」という概念が好きで、わたしはこれからも足を運ぶのだろう。全員が他人なのに、同じ空間にいるだけでとても温かいんだよね。一言も交わすことなくとも、なんだか孤独を共有できてるような気がするんだよね。たぶんそれは気のせいで、所詮は全員他人なのだけど、それでも、どうしようもなく、わたしはこの場所が、酒飲みたちが、大好きなのだった。

 

 どうせ終わりに向かうのなら、楽しみながら歩みを進めたい。そういう人たちが集っていて、その空気感がラフロイグには含まれていた。