[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0412 冷たいね

 

 あぁそうか、誰かと眠る感覚はこんな感じだったっけ。

 

 赤ワインでグチャグチャになった終電間際、帰ることをやめたわたしは部屋着を拝借した。タートルネックでは眠りにくいのよ。猫はすでに眠っていて、ガンガン鳴り響く頭のなかが疎ましかった。どうしてこうも夜を遠ざけようとするのか、早よ眠れやと急かす本能が憎らしい。部屋に響き渡るのは藤井風、愉快なメロディーが耳に心地良い。なにもかもが久しぶりだった、そうだ、そういえば、懐かしい感覚。もっともっと青い時期、わたしたちはこんなことばかりをしていたね。真面目を装うばかりでは疲れてしまう。たまにはこうやって、馬鹿なことするのもいいかもね。

 

 明け方、パッと目が覚めたわたしは横たわる隣人に目をやった。すやすや眠り顔、その身体の上でジッとする猫。息苦しくないのだろうか、思わず笑ってしまい晴れやかな目覚め。じゃあね、またね、ありがとうね。部屋を後にするこの感覚は朝帰りの香りが充満している。あの子の部屋の香りがする、何となくそれだけで自分が自分でなくなったような、宙にふわり浮いているような落ち着きの無さ。薄っすら残留する赤ワインが思考を鈍らせるなか、早朝と快晴、朝陽が世界を白く包む。このままずっと、家に到着しなければいいのにと思った。

 

 お酒を呑みながら、眠る準備をしながら、おはようを言いながら。手が冷たいことを何度も言う。自分では気付かなかったんだけど、わたしの手は恐ろしいほどに冷たいらしい。それはあなたの手が温かいだけなんじゃないだろうか。言うまでもなく猫は全身がポカポカとしていた。ただ唯一、眠っているときだけはちゃんと手が温かかったと伝えられた。なんにも覚えていない、温かかったことも、触れられたことも、眠る直前に交わした言葉も。眠りはわたしから全てを奪う、良いことも悪いこともぜんぶ。ずっとそのまま、手を繋いでいてくれればよかったのにね。