[No.000]

日記以上、遺書未満。

N.0420 高層マンション

 

 タワーマンションや集合団地、たくさんの人が収納されている大きな建造物。深夜になっても明かりがついたままの部屋、ずっと締め切ったままのカーテン、ブラインドに積もった埃。快活に生きている人もいれば、精神を病んでいる人もいる。ワンオペ育児に悩んでいる人もいれば、不倫を疑っている人もいる。ふと思うのだ、この建物の中に「死にたい」と思っている人はどのくらいいるのだろう。生きることが嫌になっている人がどのくらい生活しているのだろう。なんてことを考えている。

 

 煌びやかな人、背筋が伸びた人ばかりが出入りをしているから、きっとそこには美しい家庭が広がっているかのように錯覚してしまうけれど、現実はいつまでも残酷だった。清掃が行き届いた共用部分とは裏腹に、散らかり放題な室内と精神。部屋から出られない人。朝陽がとっても恐ろしい人。きっといるのだ、絶望している人が。建造物を横目に見ながら、わたしはそんな人たちのことを想っている。可哀想でもなく、しっかり生きなさいという訳でもない。ただありのままの姿を想像している。項垂れている姿を、泣いている姿を、誰からも相手にされないその姿を、わたしはひっそりと考えている。

 

「お金があっても豊かに生きられる保証はどこにもなくて、家族がいてもその孤独感がいつまでも付きまとったりして。安心なんてものはどこにもないのだ。それは自分自身で見出すしか方法はないのだけれど、胸がキューっと苦しくなっている時は、周りを上手く見渡すことができません。しばらくゆっくり休んで、なんてお医者さんは言うけれど、一体いつまで休息を続けていればいいんだろうか。しばらく、って言葉の曖昧性が一番苦しいのだ。世間はわたしのことを恵まれている子だなんて揶揄している。それなのに、それなのに、どうしてこんなにも。いつまでも動けないままの自分を選択している」

 

 なんて在りし日の自分、この建物のどこかに閉じ込められているような気がして、心がほんのりとざわめきだした。誰かから「あなたはきっと大丈夫」と言われたいだけだった。その言葉でもう少しだけ頑張れる気がした。自分で、自分自身に言い聞かせるしかなかった。そのことがものすごく淋しかった。だから、わたしはどこかで泣いているあなたに、そして過去の自分にそって触れてあげたいのです。あなたはきっと大丈夫だよ、って。優しく抱きしめてあげたかった。

 

 

 酩酊の帰り道、空を見上げながらそのようなことを考えていた。